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evaporated まっしろきりのポッシャントン糸でつなげる一秒先の 2012年02月05日 日曜日 21:11
うれしいことがあったから
過去のひとつを許すような はてしないブルーがみえたとき 現在のひとつと別れるような なきたいメールをもらうたび 未来のひとつに結わえるような 宇宙のむこうの東京の西側 やさしい人とかわいい人と待ってる人と 止まない心と借りた言葉とまわる因果と その宇宙のなにもかもを 糸でつなげる一秒先の 明日の景色 2011年12月24日 土曜日 02:14
今年も職業学校の同級生たちと忘年会をした。ずっと話してみたかった人とも話せたし、ずっと憧れてた人とも再会できた。わたしの同級生はみんなすごくてかっこいいんだよ!
日本のCGの最先端で、みんなそれぞれにキャリアを積み上げて、それなりに会社に居場所があって、必要とされているなか、わたしだけ空白の7年間…いや、空白ではないけど、でもやっぱり置いていかれているのは明らかで。 ああ、CGアニメーターに戻って仕事に殺されたいなんて、狂ってるかな。ああ。あああ。 みんな大好き。今も昔も、手の届かない憧れ。 ところで、外国の出版社から出る本にわたしのイラストが6点ほど載ることになった。先日突然編集者からメールがきて、拙い英語でやりとりをしながら納品した。新作はないけれど、「この絵がいい」ってオファーを受けたので、とてもうれしい。 来年の夏ごろに出版されるそうなので、大嫌いな夏が待ち遠しくなった。 早くみんなに追いつきたい。一緒に仕事したいって思ってもらえるようになりたい。 忘年会の帰りの電車でそんなことを考えて、ちょっと前向きに、2011年を終えられそうです。 2012年は、一念発起してCGかデザインの会社に転職したいな。もう一回、夢を叶えたいんだ。 長く助走をとった方が(Mr.Children「星になれたら」) 月の荒野 2011年10月19日 水曜日 22:18
21時。仕事で滅多にないくらい怒ってしまって、心カッサカサで、全部嫌になって、仕事途中で放り出して、退勤、即、彼氏に電話して、断ったらやつあたりしてやろうと思いながら、「今からご飯食べいこう、新宿あたりで!」そしたら、「いいよー」って来てくれた。22時。
わたしの彼氏、とってもいい子。 早さしそめぬ 2011年10月11日 火曜日 17:18
ひどい毎日が過ぎていく。
ここのところ一週間くらい微熱が続いている。仕事しているあいだもだんだん頭痛に変わっていって、寝る直前には「即死したい」と思うくらいの苦しさだ。生理前症候群にしてはちょっと、重いかな、とも思う。 この夏は、一か月くらい仕事を休んで、実家に帰っていた。先日のテレビアニメの仕事で燃え尽きていたのもあるし、学校の仕事が嫌な方向に進んでいたのもある。また電車に乗るのがつらくなってきて、とにかく休もうと思った。実家で母が裁縫する横に寝転がって本を読んでいると、幼稚園のころに戻ったような感じがした。蝉の声、なまあたたかい風、風鈴。地獄みたいな夕暮れ。 実際、幼いころに住んでいた街へも行ったが、思い出のままにしておいたほうがよかったかもしれない。小学校も、通学路も、アパートの前の公園も。小さい、くすんだ街だった。思い出は思い出のほうが美しい。 植物を育てることは、心を強くするそうだ。命を守る責任が、心を強くするらしい。毎夕、庭の植物に水をやるのがわたしの仕事になった。 夏のあいだ、祖母が入院していて、わたしは数日おきにお見舞いにつれていってもらった。腹水が溜まってパンパンに膨れていて、寝るのも大変、起きるのも大変。腹水というのは血液と同じようなもので、栄養がたくさん詰まっているから、単純に抜けばいいというわけでもないのだそうだ。病室が個室だったこともあり、ひとりで食事するのは寂しいだろうから、夕食時に行くようにしていたのだけど、ごはんが全くのどを通らないとせつながっていた。毎晩、おばあちゃんの苦しさをわたしに分けてくださいと祈った。神さまなんて信じていないから、この世のバランスを保っている力(それは地球の作用かもしれない)に、祈った。 9月の中ごろに祖母は退院した。定期的に腹水を抜くため病院へ通う。要介護認定を受け、ベッドを借りたそうだ。きっと亡くなるまで、使うのだろう。祖母はペースメーカーを入れているから、死んでも心臓は動き続ける。死とは何だろう。死とは。 すべての生活はゆっくりゆっくりと死に向かっている。 わたしは毎日死んで毎日生き返る。 すべてに感動していたい。 looks perfect 2011年07月09日 土曜日 21:06
ブログをさぼっていたあいだにあったこととか。
一番は実家が建ったこと。父は転勤が多いので今までずっと会社の社宅に住んでいたのが、そろそろ定年が近づき、祖父母のいる街へ赴任したこともあって、ついに家を建てた。定年後の両親がとりあえず住む場所には困らない状態になったことがうれしい。 新しい実家は、建築士ががんばって両親の希望をたくさん詰め込んでくださって、小さくても無駄のないぎゅっとつまった家になっていた。父が蕎麦を打ちたいと言うので、土間を作って作業台を入れた。照明は内装のコーディネーターがイサムノグチのすてきなものを付けてくださった。母は二階の日当たりのいいところにミシン部屋を設けて、趣味の裁縫を楽しんでいる様子。キッチンも広く使いやすくなっていた。まだ二回しか行っていないが、天井が高くて明るくて、とても居心地の良い家だと思う。 それから、二番目はつい先日まで取り組んでいたアニメの仕事。これは前の職場の同期が声をかけてくれた仕事だった。同期といっても1年くらいでさっさと別の会社に移って演出家になった人で、よっぽど困ったのか何なのか、わたしに連絡をくれたのだった。(このブログを始めたころはまだ一緒に働いていたから何かしら書いただろうと思ったのだけど、見つからなかった。愚痴っぽくてあんまり好きじゃなかったからかな。) アニメの仕事は本当に楽しかった。「個人でつくる、お金をかけないそれなりの短編作品」みたいのにウンザリしていたこともあって、「ちゃんとお金をかけて、才能を集めて、時間をかけてつくる長編作品」に携われる機会を逃す手はなかった。ふたつ返事で請けて、それからは前の記事で書いたような状態の日々。 わたしの仕事は、物語に説得力を持たせることだと思ってやっていた。たとえば電車内の広告、コンビニで売ってる商品のラベル、主人公の授業ノートなんかを作っていたのだけど、それらはつまり、現実世界とリンクさせるための小道具なのだ。小道具だから必要以上に目立ったり、余計な違和感があってはいけない。意識されずに印象に残れば成功。商品のラベルなんかはマーケティングからはじめる始末で、もう馬鹿みたいに時間がかかったけど、(そのわりに1秒くらいしか映らないんだけど笑、)よく考えた分だけ良いものができたと思っている。 いよいよ間に合わないときには彼氏が手伝ってくれた。彼氏はまったくデザインなんて勉強していないのだけど、感覚的に良い・悪いが判断できるようで、特にレイアウトがうまかった。進捗をチェックしながらほとんど最後まで作ってもらって、わたしがブラッシュアップと色彩の調整をするような感じで完成した素材がいくつもある。本当に助かった。 その他ちいさいことでは、彼氏とディズニーリゾートしたり温泉旅行したり、こないだテレビ買ったとか、祖父と飼い猫がテレビに出たとか、そんな感じ。 前の記事で死ねばよかったとか書いたけど、まだまだ楽しいことがありそうなので、もうちょっと生きてみます。 They will see us waving from such great heights(The Postal Service「Such Great Heights」) ワンダー 2011年06月26日 日曜日 03:20
半年ぶりくらいかな、ブログ。
仕事を一生懸命やってました。結果なんの思い出もなくてむなしいんだけど。 いまだに遭ってもいない津波の夢を見て目が覚めるし、頼りにならない自分の判断とか体力とか、きっと何かの支援につながると自分を騙し騙し仕事するだけで、無力すぎて毎日がつらい。 あの日から数日後の未明、突然Yさんから電話があった。「大丈夫かなと思って。」 わたしは全然大丈夫じゃなかった。心細くて全然眠れなかったから、Yさんの声を聴いて安心して泣いた。「そっかー」とYさんは笑った。 Yさんのことばは信用できる。この国より、神さまより、信用できる。 ずいぶん文章が下手になっているな。ついったーみたいので短い意味不明なことを書くのに慣れすぎたのだろうな。ほんと、あれは、思いついたことの断片に過ぎない。辻褄も時系列も関係ない。 自分の文章力に絶望した。ちゃんと本読んで勉強します。 こないだまでテレビアニメのお仕事をやらせていただいていた。昼間は相変わらず教育機関でつまらないパートタイマーしてるし、それでなくてもきついスケジュールだったけど、監督のインタビューに感動したから死ぬ覚悟でがんばった。一日16〜22時間の労働を3か月つづけた。その間休日は1日だけ。作業中の記憶はほとんどない。それでも幸せな時間だった。 そして無力にもどった。最後の納品を終えたとき、死ねばよかった。 あれは魔法の時間だったのだろう。人魚姫が声と引き換えに人間になった、あの僅かな時間のような。 愛とか運命とか 2010年11月16日 火曜日 14:48
くだらない話で安らげる僕らは 彼氏ができてから1年が経ちました。相変わらず、というか一年前よりも、仲良くやってます。 1年目のお祝いに、指輪を買ってくれるそうです。今週末見に行きます。わたしのずんぐりした指に似合う指輪がみつかるといいけど。 雲間からこぼれ落ちてく神様達が見える 彼氏の会社の制作スタジオには、職業学校時代の同期が何人もいる。ほとんど話したこともないのになぜかみんなわたしのことを良い印象で覚えているらしくて、彼氏がどんな顔してみんなと話しているのか、想像すると笑ってしまう。 みんなが命を注いで作った作品の広報資料やイベント資料をわたしが手伝って作っているなんて、わたしにとっては本当にうれしいことなのです。みんなはそんなこと知らないけどね。広報イベントを企画する彼氏と、密かにそれを手伝っているわたしと、いつか二人でスタジオへあいさつに行く日がくるんだろうか。また想像して笑ってしまった。 「友だちは一生の宝」というけれど、わたしにとってそれはやっぱり職業学校でできた友だちだな。本当に居心地がよかった。 その経験と、現在が、なぜか急に結びついたことを、いつもいつも、不思議に思う。 わたしがいま彼氏と一緒にいることは必然なのではないか。これを運命とは呼べまいか。 心の糸が切れるほど 強く抱きしめたなら 今週末指輪を見に行ってきます。結婚はまだ考えていませんが。 彼氏とわたしの「運命」とか「愛」とか、そういうもやもやしたものを代替してくれるような、すてきな指輪がみつかるといいな。 今 煙の中で溶け合いながら 探しつづける愛のことば(スピッツ「愛のことば」) 変な人 2010年11月16日 火曜日 14:06
10月にやってた仕事がつらすぎて、毎晩、翌朝出勤するのが嫌だーと号泣していた。なんとか続けていたが、そうしたら、その仕事が終わった途端、電車に乗れなくなった。
電車に乗ると始まる猛烈な吐き気、動悸。白くなっていく視界、冷や汗を流して耐えるが、次の駅までの数分が果てしなく続くように思える。やっと着いた隣の駅で途中下車、そのまま数十分は動けない。そのうち、「電車に乗る」と思っただけで同じような苦しい感じがするようになった。 心の問題だろうから、安心できるように、と彼氏が付き添ってくれてもだめだった。結局、通常30分の区間を100分かけて進み、彼氏は遅刻、わたしも遅刻。 当然、毎日そんなことしているわけにもいかないから、ひとりで通勤するときにはずいぶん早く家を出て、途中下車しながらゆっくり進むようにした。恐ろしくて急行なんて乗れない。こんなことが半月近く続いた。 今は少し落ちついている。発作的に起こる吐き気に対して、「仕方ない」と少しは受け入れ、少しは要因をみつけた。(たぶん。) 具体的には、同じ電車に乗り続けなくていいように乗りかえの回数を増やしたり、何かほかのことに集中する方法をみつけたり。本や携帯や音楽はだめだった。意識を集中することが必要で、それには想像が一番良いようだ。たとえば、CDのジャケットをデザインする過程を想像する。イラレを開いて、ガイドを引いて、要素の配置は、文字の形は、色は、… それでも駄目なときもある。あきらかに挙動のおかしい人がいるときとか、においのキツイ人がいるときとか。そういうときは降りるしかない。「この人無理!」と思ったら、降りれば大丈夫。分かっていれば、対処できる。 先日、隣に座っていた女の人が突然バナナを食べ始めたときはひどかった。鼻くそ食べてる高校生もきつかった。タンスのにおいがするおばさんや、車内の人を鋭い目つきで眺め見てるおじさんや、顔の脂を手で拭っては吊り革に擦り付けてるサラリーマンや。都会の電車には変な人ばっかり乗ってるということが分かってきて、変な人のハードルが下がった気がする。 簡易なカウンセリングの結果では、不安神経症かパニック障害という病名がつくらしい。(ちゃんとした診断には身体疾患の検査なども必要だそうですが、それは受けていません。身体疾患がないという仮定で受けたカウンセリングの結果です。) 気の持ちようで改善する人もいるし、抗うつ剤などで治療する方法もあるという説明を受けた。普通の状態の人にはなかなか理解してもらえないだろうなと思った。実際、恐らく彼氏も、怠け病だと思っている。そうじゃないんだよ。どうしようもないんだ。デートに向かう電車だって無理なんだから。吐くかも、倒れるかもという不安と、動悸と、冷や汗と、頭の中も視界も真っ白になっていく感じ。やっぱり普通の状態の人には理解してもらえないだろうな。 病院に行くことも考えているけど、お金ないし、良くなりつつあるから、もう少し様子をみようと思っています。 らんちゅうは死んだ 2010年08月24日 火曜日 23:03
昼すぎ、前職の上司から連絡があり、来週会うことになった。自分の会社を立ち上げたそうで、遊びにおいでと声をかけてくれたのだ。
本格的にフリーランサーになってから、仕事や何やでわたしはいろんなイベントに出たり、見に行ったりしているのだけど(ブログにもwebサイトにも書いてないけど忙しくしてるのよ!)、実は今年に入ってからは、そういう場で、前の職場でお世話になったプロデューサーや元同僚に再会している。約束したわけではなくて、まったくの偶然だ。みなさん、何年も音信不通だったようなわたしの健康や稼ぎを本気で心配してくれた。 情緒不安定で泣き暮らしているのを、彼氏が支えてくれている。外食すれば腹痛をおこし、電車に乗れば緊張で滝のように汗を流し、炎天下に出れば10分で動けなくなるわたしに、彼氏は文句も言わず付き合ってくれる。毎日忙しいのに、たまの休みには必ず会いにきてくれる。ちょっと連絡が途絶えると心配して、終電も構わず家へ来てしまうくらい大事にしてくれる。 過去にいただいたやさしさが不意に心に蘇って、藁半紙にポツリ垂らしたインクのように繊維を伝って広がって、動機息切れ眩暈などが絶えない。わたしは卑屈なままちっとも成長していなくて嫌になる。みなさんのやさしさに申し訳なくなる。 謝りたいことだらけだ。生まれてきたところから謝りたい。 でもいま生きているのは、これはもう仕方がないことなので、それならせめて、心配されないようにがんばろう。うまく脳内の展開を文章にできないけど、好きなことをやって自立したいと思った、という話。 最近eastern youthや野狐禅やLUNKHEADが心臓に突き刺さります。もー。
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